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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
01 上巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页
と、ちょうどその時分、―――父が死んで間もない頃、義兄がたいそう熱心に彼女に結婚をすすめた口があった。それは豊橋市の素封家の嗣子で、その地方の銀行の重役をしている男で、義兄の勤める銀行がその銀行の親銀行になっている関係から、義兄はその男の人物や資産状態などをよく知っていると云う訳であった。そして豊橋の三枝家ならば格式から云っても申分はないし、現在の蒔岡家に取っては分に過ぎた相手であるし、本人も至って好人物であるからと、見合いをするまでに話を進行させたのであったが、雪子はその人に会って見て、どうにも行く気になれなかったのであった。と云うのは、別に男振がどうこうと云うのではないが、如何にも田舎紳士と云う感じで、なるほど好人物らしくはあるけれども、知的なところが全くない顔つきをしていた。聞けば中学を出た時に病気をしたとかで上の学校へは這入らなかったと云うのであるが、恐らく学問の方の頭は良くないのであろうと思うと、女学校から英文専修科までを優秀な成績で卒業した雪子としては、さきざきその人を尊敬することが出来そうもない懸念があった。それに、いくら資産家の跡取で生活の保証はあるにしても、豊橋と云うような地方の小都会で暮すことは淋しさに堪えられない気がしたが、それには誰よりも幸子が同情して、そんな可哀そうなことがさせ