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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
01 上巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页
「ああ、もうほんとうにお腹が一杯です」
と云いながら、日本人側は盛に主人側の眼を掠めては、持て余した物をテーブルの下でボリスに与えていたが、貞之助はいろいろな酒をちゃんぽんに飲まされたのが利いて来たらしく、
「あの写真、何ですか」
などと、ツァーの肖像に並べて掲げてある壮麗な建築物の額を指しながら、ひどく高調子になっていた。
「あれ、ツァルスコエセロの宮殿です。ペテログラード(この人達は決して「レニングラード」と云わない)の近所にあったツァーの宮殿ですね」
と、キリレンコが云った。
「ああ、あれが有名なツァルスコエセロ、………」
「わたし達の家、ツァルスコエセロの宮殿大変近いごぜえました。ツァー、馬車お乗りになりますね、ツァルスコエセロの宮殿出ていらっしゃいますね、それわたし、毎日々々見ましたごぜえます。ツァー、お話しになるの声、わたし聞くこと出来た思いましたごぜえます」
「ママチカ、………」
と、キリレンコは母を呼んで、露西亜語で説明を求めてから云った。
「馬車の中のツァーの話声がほんとうに聞えた訳ではないんですけれども、聞えるくらいに感じた、それほど近い所をその馬車がお通りになったと云うんですね。