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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

01 上巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页

青空文庫

「えらい失礼ですけど、あんさん蒔岡はんの娘ちゃんでっか」

と、うしろから呼びかけられて、振り返って見ると、それは舞の名手として有名な新町のお栄と云う老妓であった。

「そうです、わたし妙子です」

「妙子さん云やはんのん、何番目の娘ちゃんでしたかいな」

「一番下の妹です」

「まあ、こいさんでっか。えらい大きうなってでしたなあ、もう女学校卒業しやはりましたんでっか」

「はあ、………」

と云ったきり、妙子は笑いに紛らしたが、まだ女学校を出たばかりの二十歳前の小娘のように見られることは毎度なので、こう云う場合の胡麻化し方には馴れていた。それにしても、父の全盛時代にこの老妓、―――事実その時分からもう好い加減な老妓であったこの人が、船場の家へもよく挨拶にやって来て、家族の者達に「お栄さんお栄さん」と親しまれたのは、自分がやっと十になるかならぬ頃、かれこれ十六七年前のことなので、それから数えれば今の自分がそんな若さでないことは大凡そ見当が附きそうなものだのに、と思うと心中可笑しくもあったが、今夜は又特別に娘っぽい型の帽子や服を着けて来たせいでもあることは、自分にはよく分っていた。