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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

01 上巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页

青空文庫

が、なかなか時間が懸かるので、待ちくたびれて先に出てしまったが、顔は見られないで済んだ。恐らく野村氏も隣から人が出たことを知って「しまった」とは思ったであろうが、その人が誰であったか彼には分らずじまいに終り、後で何事もなかったように平気で執務していたと云う。そんな工合で、ひとりごとと云っても一向たわいのない、罪のないことを云うのだけれども、それだけになお聞いた者は出し抜けで可笑しく感じる。そして、ついうっかりと出てしまうのであるらしいけれども、全然無意識に洩らすのでないことは、人がいると云わないようにしているのでも明かであって、誰かに聞かれそうな心配のない時は驚くほど大声を発することがあり、たまたまそんな時に物蔭に居合せた者は、発狂したのではないかと思ってびっくりさせられる、と云うのである。

で、まあ、格別人に迷惑や不愉快を与えるような癖ではないし、それがためにどうこうと云う程のものではないかも知れないが、何もそう云う人を選りに選って夫に持たないでもよいには違いないし、それより何より、写真の顔が四十六歳と云う年よりも非常に老けていて、爺むさく、五十歳以上の老人に見えると云うこと、これが幸子の考では最大の難点で、雪子の気に入らないことはほぼ確実と云ってよく、第一回の見合いに於いて落第する運命にあるのは先ず明か