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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
01 上巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页
「そんなら、此処で辛抱してくれはる?―――」
と、陣場夫人は否応云わせないように、両手で幸子の手を握り締めて、子供が物をねだるような科をしながら云った。
「はあはあ、此処かて結構なお座敷やないの。ほんに、ええとこ教せて戴いて、―――」
幸子は自分よりは夫の不機嫌そうなのが気になるので、
「あんさん、―――」
と、夫の方へこなしながら、
「一遍此処へ悦子やこいさん等連れて来なされしませんか」
「うん、港の船が見えるよってに、子供は喜ぶかも知れんな」
と、貞之助は浮かぬ顔つきをしながら云った。
野村と幸子とが向い合うようにして円テーブルを囲みながら、日本酒と紹興酒と前菜とで晩餐が始められ、陣場が昨今の新聞を賑わしている独墺合邦の話を持ち出したのを切掛けに、シュシュニック墺首相の辞職、ヒットラー総統の維納入り等が暫く話題に上ったが、蒔岡側は時々口を挟む程度で、ともすると野村と陣場だけの遣り取りになりがちであった。幸子は出来るだけ何気ないようにはしていたものの、トーアホテルで一回、此処へ来てから食卓に就く前に一回検べたところでは、明かに今夕家を出てから以後出血が殖えつつあって、急に体を動かしたことが原因であるに違いなく、それに、案じていた通り、背の高い堅い食堂の椅子に腰掛けているのが工合が悪く、その不愉快を怺えるのと、粗相をして