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おいついたゆめ

追いついた夢

山本 周五郎

「面白倶楽部」光文社、1950(昭和25)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,427 字 · 41 页

青空文庫

しかしみんな遠かった。初夏の凪いだ海は小波も立たず、砥のように平らな浅黄色に、空の白い雲がはっきりと映っていた。……釣道具をあけ、遺書を出して、それを餌箱を押えにして舟底へ置いた。遺書には「店の金を遣いこんだので申しわけのために死ぬ」という、詫びの文句が書いてある。……次に梅川から持って来た包をひらいた、紬のこまかい縞の単衣に、葛織の焦茶色無地の角帯、印籠、莨入、印伝革の紙入、燧袋、小菊の紙、白足袋に雪駄、そして宗匠頭巾などをそこへ並べた。

遠い釣舟にも気をくばりながら、用心ぶかく着替えをした。潮のぐあいで、舟はしぜんと西南へ流されてゆく。彼は家から着て来た物をひと品ずつ、舟べりから海の中へ捨てた。そして立って櫓を使いだした、もういそぐことはない、彼は悠くりと静かに漕いだ。

金杉を出てから約四時間、和助は六郷川の川口に近い海岸へ舟を着けた。そこは若い蘆がいちめんに伸びていて、舟を入れると陸からも海からも見えなくなる。彼は満潮線をよく慥かめた、今は潮の退くさかりだから、あげて来るのは夕方であろう、満潮になれば舟が浮くように、そして川の流れに乗って沖へもってゆかれるように、およその見当をつけてから舟を下りた。