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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
蕪村の俳句について「生理 1」1933(昭和8)年6月、春の部「生理 2」1933(昭和8)年8月、夏の部「生理 3」1933(昭和8)年11月、秋の部「生理 4」1934(昭和9)年5月、冬の部「生理 5」1935(昭和10)年2月、芭蕉私見(前半部分)「コギト 第四十二号」1935(昭和10)年11月、芭蕉私見(後半部分)「俳句研究 第三巻第一号」1936(昭和11)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,038 字 · 78 页
古寺やほうろく捨てる芹の中
骨拾ふ人に親しき菫かな
春雨や暮れなんとして今日も有
古寺やほうろく捨てる芹の中
荒廃した寺の裏庭に、芥捨場のような空地がある。そこには笹竹や芹などの雑草が生え、塵芥にまみれて捨てられてる、我楽多の瀬戸物などの破片の上に、晩春の日だまりが力なく漂っているのである。前の句と同じく、或る荒寥とした、心の隅の寂しさを感じさせる句であるが、その「寂しさ」は、勿論厭世の寂しさではなく、また芭蕉の寂びしさともちがっている。前の句やこの句に現われている蕪村のポエジイには、やはり彼の句と同じく人間生活の家郷に対する無限の思慕と郷愁(侘しさ)が内在している。それが裏街の芥捨場や、雑草の生える埋立地で、詩人の心を低徊させ、人間生活の廃跡に対する或る種の物侘しい、人なつかしい、晩春の日和のような、アンニュイに似た孤独の詩情を抱かせるのである。
因に、この句の「捨てる」は、文法上からは現在の動作を示す言葉であるが、ここでは過去完了として、既に前から捨ててある意味として解すべきでしょう。
骨拾ふ人に親しき菫かな
焼場に菫が咲いているのである。遺骨を拾う人と対照して、早春の淡い哀傷がある。
春雨や暮れなんとして今日も有
「暮れなんとして」