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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
蕪村の俳句について「生理 1」1933(昭和8)年6月、春の部「生理 2」1933(昭和8)年8月、夏の部「生理 3」1933(昭和8)年11月、秋の部「生理 4」1934(昭和9)年5月、冬の部「生理 5」1935(昭和10)年2月、芭蕉私見(前半部分)「コギト 第四十二号」1935(昭和10)年11月、芭蕉私見(後半部分)「俳句研究 第三巻第一号」1936(昭和11)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,038 字 · 78 页
この村の人は猿なり冬木立
西吹けば東にたまる落葉かな
寒菊や日の照る村の片ほとり
我も死して碑に辺せむ枯尾花
芭蕉の「菊の香や奈良には古き仏たち」と双絶する佳句であろう。
この村の人は猿なり冬木立
田も畠も凍りついた冬枯れの貧しい寒村。窮迫した農夫の生活。そうした風貌の一切が「猿なり」という言葉で簡潔によく印象されてる。
西吹けば東にたまる落葉かな
西から風が吹けば東に落葉がたまるのは当り前で、理窟で考えると馬鹿馬鹿しいような俳句であるが、その当り前のことに言外の意味が含まれ、如何にも力なく風に吹かれて、鉋屑などのように転ってる侘しい落葉を表象させる。庭の隅などで見た実景だろう。
寒菊や日の照る村の片ほとり
冬の薄ら日のさしてる村の片ほとり、土塀などのある道端に、侘しい寒菊が咲いてるのである。これも前と同じく、はかなく寂しい悲しみを、心の影でじっと凝視しているような句境である。因に、こうした景趣の村は関西地方に多く、奈良、京都の近畿でよく見かける。関東附近の村は全体に荒寥として、この種の南国的な暖かい情趣に乏しい。
我も死して碑に辺せむ枯尾花
金福寺に芭蕉の墓を訪うた時の句である。蕪村は芭蕉を崇拝して、自己を知る者ただ故人に一人の芭蕉あるのみと考えていた。そして自ら芭蕉の直系を以って任じ、死後にもその墓を芭蕉の側に並べて立てさせた。