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きょうしゅうのしじん よさぶそん

郷愁の詩人 与謝蕪村

萩原 朔太郎

蕪村の俳句について「生理 1」1933(昭和8)年6月、春の部「生理 2」1933(昭和8)年8月、夏の部「生理 3」1933(昭和8)年11月、秋の部「生理 4」1934(昭和9)年5月、冬の部「生理 5」1935(昭和10)年2月、芭蕉私見(前半部分)「コギト 第四十二号」1935(昭和10)年11月、芭蕉私見(後半部分)「俳句研究 第三巻第一号」1936(昭和11)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,038 字 · 78 页

青空文庫

秋ふかき隣は何をする人ぞ 秋さびし手毎にむけや瓜茄子

塚も動け我が泣く声は秋の風

秋ふかき隣は何をする人ぞ

秋さびし手毎にむけや瓜茄子

芭蕉の心が傷んだものは、大宇宙の中に生存して孤独に弱々しく震えながら、葦のように生活している人間の果敢なさと悲しさだった。一つの小さな家の中で、手毎に瓜の皮をむいてる人々は、一人一人に自己の悲しみを持ってるのである。そしてこの悲しみこそ、無限の時空の中に生きて、有限の果敢ない生活をするところの、孤独な寂しい人間共の悲しみである。それは動物の本能的な悲哀のように、語るすべもなく訴えるすべもない。ただ寄り集って手を握り、互に人の悲しみを感じながら、憐れに沈黙する外はないのである。見よ。秋深き自然の下に、見も知らぬ隣人が生活している。そしてこの隣人の悲しみこそ、それ自ら人類一般の悲しみであり、併せてまた芭蕉自身の悲哀なのだ。

塚も動け我が泣く声は秋の風

芭蕉の悲哀は、宇宙の無限大なコスモスに通じている。蕭条たる秋風の音は、それ自ら芭蕉の心霊の声であり、よるべもなく救いもない、虚無の寂しさを引き裂くところの叫である。釈迦はその同じ虚無の寂しさから、森林に入って出家し、遂に人類救済の悟道に入った。芭蕉もまた仏陀と共に、隣人の悲しみを我身に悲しみ、友人の死を宇宙に絶叫して悲しみ嘆いた。