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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
蕪村の俳句について「生理 1」1933(昭和8)年6月、春の部「生理 2」1933(昭和8)年8月、夏の部「生理 3」1933(昭和8)年11月、秋の部「生理 4」1934(昭和9)年5月、冬の部「生理 5」1935(昭和10)年2月、芭蕉私見(前半部分)「コギト 第四十二号」1935(昭和10)年11月、芭蕉私見(後半部分)「俳句研究 第三巻第一号」1936(昭和11)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,038 字 · 78 页
衰へや歯に喰ひあてし海苔の砂
大風の朝も赤し唐辛子
この秋は何で年よる雲に鳥
衰へや歯に喰ひあてし海苔の砂
独居する芭蕉の心に、次第に老が近づくのを感じて来た。さらでだに寂しい悔恨の人生である。その上にまた老年が迫って来ては、心の孤独のやり場所もないであろう。「歯に喰ひあてし」という言葉の響に、如何にも砂を噛むような味気なさと、忌々しさの口惜しい情感が現われている。
大風の朝も赤し唐辛子
暴風雨の朝、畠の作物も吹き荒され、万目荒寥として枯れた中に、ひとり唐辛子の実だけが赤々として、昨日に変らず色づいているのである。廃跡に残る一つの印象、変化と荒廃の中に残る一つの生命。それが血のように赤く鮮明に印象されることは、心の傷いた空虚の影に、悔恨の痛みを抱きながらも、悲壮な敗北の意気を感じさせずにいなかったろう。
この秋は何で年よる雲に鳥
老の近づくことは悲しみである。だが老年にはまた、老年の幽玄な心境がある。老いて宇宙の神韻と化し、縹渺の詩境に遊ぶこともまた楽しみである。空には白い雲が浮び、鳥は高く飛んでるけれども、時間は流れて人を待たず、自分は次第に老いるばかりになってしまったという咏嘆である。「何で年よる」という言葉の響に、如何にも力なく投げ出してしまったような嘆息があり、老を悲しむ情が切々と迫っている。