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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
蕪村の俳句について「生理 1」1933(昭和8)年6月、春の部「生理 2」1933(昭和8)年8月、夏の部「生理 3」1933(昭和8)年11月、秋の部「生理 4」1934(昭和9)年5月、冬の部「生理 5」1935(昭和10)年2月、芭蕉私見(前半部分)「コギト 第四十二号」1935(昭和10)年11月、芭蕉私見(後半部分)「俳句研究 第三巻第一号」1936(昭和11)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,038 字 · 78 页
春の夜や盥を捨る町はづれ
春雨や小磯の小貝濡るほど
片町に更紗染めるや春の風
したがってまた類想の句が沢山あるので、左にその代表的の句数篇を掲出する。
今日のみの春を歩いて仕舞けり
歩行歩行もの思ふ春の行衛かな
まだ長うなる日に春の限りかな
花に寝て我家遠き野道かな
行く春や重たき琵琶の抱ごころ
春の夜や盥を捨る町はづれ
生暖かく、朧ろに曇った春の宵。とある裏町に濁った溝川が流れている。そこへどこかの貧しい女が来て、盥を捨てて行ったというのである。裏町によく見る風物で、何の奇もない市中風景の一角だが、そこを捉えて春夜の生ぬるく霞んだ空気を、市中の空一体に感触させる技巧は、さすがに妙手と言うべきである。蕪村の句には、こうした裏町の風物を叙したものが特に多く、かつ概ね秀れている。それは多分、蕪村自身が窮乏しており、終年裏町の侘住いをしていたためであろう。
春雨や小磯の小貝濡るほど
終日霏々として降り続いている春雨の中で、女の白い爪のように、仄かに濡れて光っている磯辺の小貝が、悩ましくも印象強く感じられる。
片町に更紗染めるや春の風
町の片側に紺屋があって、店先の往来で現に更紗を染めているという句であるが、印象としては、既に染めた更紗を、乾燥のために往来へ張り出していると解すべきであろう。