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ながやてんいちぼう

長屋天一坊

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页

青空文庫

「そこだけは大丈夫で、心配はねえ」

ようやく発作がおさまって、銀太は涙を拭きながらこう云った。

「おれがよくよくあいつに云い聞かした、どこかの凄いような家の御落胤だと思い込ましといたからな、そういうところは馬鹿の人徳てえもんで、一度こうと思ったら待ったなしよ、世間でも馬鹿の一つ覚えというくれえだ、大丈夫だよ」

「うん、それはまあ、そうだ」

「それより大家の禿め、おっ、みろみろ、豆板が三枚、三分あるぜ、これゃあ驚きだ」

「うんなにしろ本筋の本格だからな」

「悠々たるお漏らしか、ひーひーひー、ああまただ、ひーひーひー、助けて呉れ、ひーひー、ものう云わねえで呉れ、ひーひー」

そうしてやがて、両名の者は、この吉報を伝えるべく、長屋同志の家を歴訪にでかけたのであった。

ここにおいて、繩屋一家はどうかというと、ごうつくと臼は初めせせら笑い良人であり父であるところの吾助が、まんまと専門的詐欺にかかったのだと断定した。

この自分の名さえ知らない若者は、高貴の生れであるために温雅沈着なのではなく、むしろ間抜けでありうす馬鹿であるに過ぎないと判定した。

これに対して当のうす馬鹿であり、神田柳原堤の乞食であったところの、この若者は、眼尻をだらりと下げ、機嫌よくにたにた笑いながら頷いた。