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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页
「そう怨むのはもっともだが、いよいよ阿波への帰国も近く、待てど暮らせどそなたからの返事はなし。ここで見かけたを倖いに、是が非でもあの話を取り決めたいと思うたからじゃ」
「……とおっしゃるのは?」
「もうそなたの胸には考えがついている筈!」
「阿波へ連れて行こうと、いつぞやおっしゃったあのことでございますか」
「折もよし、四、五日のうちに太守の御帰国卍丸の船出! どうにでも隠す工夫をしてそなたを連れてゆく所存。もう否応はあるまいのう……」
森啓之助が手離すとともに、お米の体は朽木倒れに、砂利場の山へうっ伏してしまった。
「どうした?」
寄ってみると、ひどく息が切ないらしい。肺臓の喘ぎに背中は大きく波打っている。しかし一度は真ッ蒼になった顔色が、その時急に、反動的な紅潮をさし、針で突けば血の吹きそうな耳朶をしている。
「拙者が、阿波へ連れて行こうというのは、恋ばかりではない。そなたの苦しむ癆咳にも、あの潮の香や山の気が、どんな薬よりも利くであろう――、そう思うて勧めるのじゃ」
「…………」
「な、お米、今が心の決め所じゃ、よもやいやではあるまいの」
「……森様……」
「うむ、得心がまいったか」