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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页

青空文庫

「あれは誰だろう。見かけない役者だねえ」

お勘がまた立ち止まって指さしたのを、不思議に、お十夜だけが知っていた。

で、少し得意に、

「あれか、ありゃ大阪の姉川新四郎よ」

「自来也ですね」

「新四郎の自来也ときては、もう古いものだ。今頃江戸の市へ出るなんて……」

「へえ、そんなに当たり役?」

「あの押絵の自来也がさしている朱塗の荒きざみの鞘は、新四郎の自来也が舞台でさして流行らせたものだ。で、阿波の侍でもさしている者がある」

「おや、じゃあお十夜さんの故郷は、阿波なんですね」

「はははは……つまらねえところで、お里を出してしまったものだ」笑ってそこを立ち去った。

奈良茶飯か何かへ寄って、まだ少し早い支度をすましてから、観音堂を一周りして、さて、帰ろうかと、雷門から並木の方へブラブラと出てくると、湯女のお勘が、

「あら、さっきの人――」とつぶやいた。

わき見をしていた周馬が、それを聞きとがめて、

「だれだ、さっきの人というのは」

「いいえ、羽子板の自来也が歩いて行くから――」と、他愛のないことをいっている。

「なんだ、くだらない」

「だって、そっくりじゃありませんか、あの前へスタスタ行くお侍の姿が。