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あだこ
あだこ
山本 周五郎
「小説倶楽部」1958(昭和33)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,762 字 · 46 页
一
一
曽我十兵衛はいきなり小林半三郎を殴りつけた。
そのとき半三郎は酒を飲んでいて、十兵衛が玄関で案内を乞う声を聞いた。誰もいないのだから出てゆく者はない。十兵衛は高い声で三度呼び、それから玄関の脇の折戸をあけて、庭へはいって来たのだ。
――津軽から帰ったんだな。
半三郎はそう思いながら、あぐらをかいたまま飲んでいた。庭へはいって来た十兵衛は、縁先に立ってこちらを睨んだ。長い旅のあとで、肉付きのいい角張った顔が逞しく日にやけており、その大きな眼には怒りがあらわれていた。
「やあ」と半三郎が声をかけた、「帰って来たのか」
すると十兵衛は沓脱から縁側へあがり、刀を右手に持って座敷へはいって来た。大股に近よって来る足つきで、彼が察したよりもひどく怒っていることを、半三郎は認めた。十兵衛は膳の前に立って、上から半三郎を見おろした。
「こんなざまか」と十兵衛が云った、「こんなざまだったのか」
そして刀を左手に持ち替えると、右手をあげて半三郎を殴った。平手打ちであるが、高い音がし、半三郎の顔がぐらっと揺れた。
「そんなことをしてなんになる」と半三郎は持っている盃を庇いながら云った、「酒がこぼれるばかりだぜ」