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みずぐるま

みずぐるま

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,077 字 · 54 页

青空文庫

若尾は納得した。弘田の人たちを失望させたくないために承知した、ということが明らかにわかるような納得のしかたであった。

「浜田という処は遠いのでしょうか」

若尾は承知したあとで、和次郎の顔を見あげながら訊いた。

「ああ遠いね」と和次郎が頷いた、「この岡崎が江戸から七十七里、石州浜田は二百五十里ばかりある」

「二百五十里、……」若尾の大きくみひらいた眼から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。その涙のこぼれ落ちる眼で、くいいるように和次郎をみつめながら、若尾は云った、「――そんなに遠くでは、もし若尾が急病で死にそうになっても、お兄さまに来て頂くことはできませんわね」

「若尾が急病で、ああ」和次郎は首を振った、「ばかな、なにをつまらないことを云いだすんだ」

「お兄さまが急病になったときも若尾はお側へゆけませんわ、ねえ」若尾は指ですばやく両方の眼を拭いた、「ねえお兄さま、もしそんなことがあったら、どうしたらいいでしょうか」

和次郎は微笑した。若尾の心配がつまらないものだということを証明しようとするかのように。だが、――そのとき彼の胸にも二百五十里という距離の大きさが、まざまざと感じられた。