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みずぐるま
みずぐるま
山本 周五郎
「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,077 字 · 54 页
膝の上にある彼の拳は震えていた。
「おれはきさまを斬ろうと思った」と和次郎は云った、「しかし、――おれは考えた、きさまは憎いやつだが、いちどは姉が愛した人間だ、どんな事情があったかおれは知らない、たぶん、その愛があやまちであったと気づいて姉は死んだのだろう、だが、ともかくも、いちどは愛したんだ、だからおれは斬ることを断念した、わかるか谷口」
語尾はするどく、刺すようであった。修理はぴくりと身を縮め、膝を掴んでいた片手を畳へすべらせた。その不自然に傾いた修理のみじめな姿から、和次郎は眼をそらしながら、刀を取って立ちあがった。
「自分の罪は自分でつぐなえ、おまえも武士なら、このつぐないくらいはする筈だ、谷口修理、――見ているぞ」
そして彼はそこを去った。
外へ出ると雨が降っていた。暖たかい静かな夜の闇をこめて、殆んど音もなく、霧のようにけぶる雨であった。昂奮した頬にその雨をこころよく打たれながら、侍長屋を通りぬけてゆくと、うしろから人が追って来た。和次郎が振返ると若尾であった。
「どうしたんだ、こんな処へ」
「心配だったんです」若尾はなにやらうしろへ隠しながら、追いついて来て云った、「――谷口さんてあんな人でしょ、なにをするかわからないと思って、それでようすをみに来たんです」