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ノア
ノア
久生 十蘭
「富士」1950(昭和25)年2月号~4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,285 字 · 153 页
坐礁
船長と運転士の身体が毬のように船橋からはねだし、怒濤のなかへ嚥みこまれるのが見えた。
午後四時頃になると、颱風は南へ去り、雲が切れて薄陽がさしはじめた。
「青空が見える」
「陽がさしてきた」
船員も兵隊たちも半死半生で、どれも生きた人間の顔色をしていなかったが、甲板に這いあがってきて青空を仰いだ。
坐礁
海抜一メートルほどの岩礁が東西に長く伸び、立山丸は船首をのしあげて二十度位の傾斜で右舷へ傾いていた。見るかぎりなに一つ眼を遮るものとてもない々たる海の面に、颱風の名残りの雲が影を落しながら動いていた。聞えるものは波の音ばかりで、いい知れぬ孤独を感じさせる情景だった。
全員、飯上げをして生気をとり戻すと、早速海難の状況を調べたが、船齢七十余年の老鉄船はふしぎにたいした損傷も受けていず、満潮を利用して離礁することができたらこのまま目的地へ辷りこめるかのような楽観的な考えを起させた。
高桑中尉が離礁作業の指揮をとることになり、とりあえず船を軽くするための応急処置として、防材用の丸太や角材を海へおろし、ボートに錨を積んで出来るだけ遠くへ入れさせてキャプスタンをかけたが、船は動かずに錨のほうがあっけなくひき寄せられてきた。