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いちしょうにんとして

一商人として

相馬 愛蔵

――所信と体験――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 114,895 字 · 222 页

青空文庫

この場所は、現在の六間道路の所で、その三軒長屋の一つが今の洋品店、日の出屋になっている。

さていよいよ支店を出す段になって、全く予期せぬことが起った。それはこの支店を預って大いに働いてくれる筈であった浅野が、突然郷里に呼びかえされてしまったことで、彼もここまで運んで来ながら心残りであったろうし、私もせっかく着手する仕事にちょっと中心を失ったかたちであった。やむを得ず他の店員を留守番としてそこにおき、妻が毎日本郷から出張することにして開店した。明治四十年の十二月十五日であった。するとその開店第一日の売上げが、すでに六年間辛苦して築き上げた本郷本店の売上高を凌駕した。この一事でも、新宿という土地の将来伸びる勢いが早くもはっきりとうかがわれるのであった。

しかし当時の新宿の見すぼらしさは、いまどこと言って較べて見る土地もないくらい、町はずれの野趣といっても、それがじつに殺風景でちょっと裏手に入れば野便所があり、電車は単線で、所々に引込線が引かれ、筋向かいの豆腐屋の屋根のブリキ板が、風にあおられてバタバタと音を立てているなど、こんな荒んだ場末もなかった。