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いだいなるゆめ
偉大なる夢
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1943(昭和18)年11月~1944(昭和19)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,988 字 · 234 页
だが、やがて老博士の心中に、突如として恐ろしい不安が湧き起った。博士の目は室の片隅に据えてある金庫に釘づけとなった。その中に例の黒の大型折鞄が入っている。鞄の中には博士が七年間の苦心を圧縮した構想と夥しい計算のノートが充満しているのだ。他人が見ても判断の出来ない記号のようなノートだから、盗み出した奴に取っては大した値打ちもないけれど、博士自身には命に換えて大切な記録である。
博士は猛然として金庫に飛びついて行った。昨日の午後以来、博士達の仕事は、折鞄の中のノートを必要としなかった。金庫の鍵はかけたままになっている筈だ。博士は把手を廻して見た。把手はカチッと音を立てて回転した。引く手につれて、重い扉が音もなく開いた。鍵はいつの間にか外れていたのだ。扉が開ききった。中は空っぽである。折鞄は影も形もない。
博士は把手を放してヨロヨロとよろめいた。だが、一同の中で、新一青年だけは少しも驚きの色を見せなかった。
「お父さん、大丈夫です」
彼は、父を力づけるように大声に云っておいて、部屋の一方の安楽椅子に近づいて行った。革張りの大きな安楽椅子である。新一はその椅子の革のクッションに両手をかけると、グイグイと引きはがすように、それをとり外してしまった。