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ぼんじんでん

凡人伝

佐々木 邦

「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页

青空文庫

これは常に感じていたところだったが、将校が子供のように見えるのだから、私も確かに年を取った。

私の明治学園時代は日露戦争から切り放して考えることが出来ない。あれは明治三十七八年の戦役となっているが、学校生活から言うと、一年級から三年級まで、足掛け三学年続いた。この故に大抵の思い出が戦争を背景としている。卒業の折はもう平和克復していたけれど、戦後の不景気という奴が、私達につき纏った。唯さえ字音「飯が食えん」に通じる明治学園の出身だ。就職口が絶対にない。皆困った。これが私の今日に多大の影響を及ぼしている。高木君は早く諦めをつけてアメリカへ渡った。野崎君もスタートが悪かった。赤羽君の如きはそれから十年たって欧州大戦の始まるまで神戸の叔父さんのところで運送業の手伝いをしていた。尤もその為め成金になる機会があったのだから、この男丈けは徳をした。本人は自分が豪くて成功した積りでいるが、実は禍も三年の諺が十年に延びたに過ぎない。斯う考えて見ると、私達は直接戟を取って戦わなかったにしても、日露戦争に深い関係を持っている。

挙国一致、日本があれくらい緊張した時代はその後見られない。