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ぼんじんでん

凡人伝

佐々木 邦

「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页

青空文庫

笈を負うて

あの頃の中学生は豪かった。

笈を負うて

郷里から東京まで五時間、私は新橋で下りた。東京駅のなかった昔である。もうソロソロ三十年になる。私は当時流行ったズックの鞄を提げて、胸を轟かしながら、プラットフォームを辿った。改札口まで二三町あったように覚えている。手荷物を取ると直ぐに、俥屋を呼んで来た。

「明治学園」

と、これが私の四年間待ち焦れた行先だった。

「へえ?」

「明治学園」

「何処ですか?」

「基督教の学校だよ」

と私は新橋駅頭、先ず田舎漢を発揮した。東京は広い。中学校と言えば直ぐ分る郷里の町と違う。

「何区ですか?」

「赤坂区青山だ」

「青山は練兵場の近所ですか?」

「初めてだから知らない。七丁目だ」

「遠いですな」

と俥屋は渋った。幾らで定めたか覚えていないが、郷里からの汽車賃五時間分と大差なかったように記憶する。何処まで行っても町だった。

「東京は大きいね」

と私はつい口走った。

「大きいですとも」

と俥屋は自分の東京のように答えた。

「神田区ってのは何方だね?」

「まるで見当が違いまさあ」

「神田の夜学校ってのは君知っているか?」

「神田は学校の巣ですよ」

「ふうむ」

と私は又々後悔した。