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ぼんじんでん

凡人伝

佐々木 邦

「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页

青空文庫

私は門から取っつきのに下して貰った。その折、一足後れて着いた俥から矢張り私ぐらいの青年が下りた。服装も私と同じように和服の袴穿きで、腰に手拭をぶらさげていた。私が鞄と行李を玄関に片寄せた時、青年も同じような荷物を持ち込んだ。同じ目的で来たのだと思ったら、妙に懐しい心持がした。しかし青年は肩を怒らせて私を睨んだ。そればかりでない。私が受附へ行って占部さんからの紹介状を出した時、私を押し退けるようにして、

「これを何うぞ猪股先生へ」

と自分を先にして貰おうとした。私は癪に障って、凝っと顔を見てやった。相手は屹と構えて、いつまでも私を睨んでいる。生意気な奴だと思った。その頃の学生は荒っぽかった。東京の書生は直ぐに喧嘩を売りかけるから気をつけろと言われて来た。

私達の紹介状を持って引っ込んだ受附の老人は間もなく廊下に現れた。

「何うぞ此方へ」

と招いた。二人は事務室へ通った。

「こゝでお待ちなさい」

と老人は隅っこの狭いところへ私達を残して行った。手近の机で事務員に何か口授しているのが幹事の猪股先生だった。私は先生の眼鏡に注意を取られた。幾度見ても蔓がない。鼻眼鏡だ。