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きゅうけつき

吸血鬼

江戸川 乱歩

「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页

青空文庫

それはさておき、三谷青年が企らんだ逃亡手段とは、如何なるものであったか。倭文子達は一先ず古井戸に隠れたけれど、そんな所に長くいられるものではない。いずれは邸を抜け出さなければならぬ。門前には見張りの巡査がいる。邸内には召使の目が光っている。たとえ無事に邸を出たとしても、どちらへ行くにも交番がある。近所の人目がある。倭文子がお尋ねものであることは、もう界わいに知れ渡っているのだ。それを三谷は、一体全体どうして抜け出す積りであろう。

倭文子を井戸に隠してから、三谷が明智に電話をかけたこと、それによって、恒川警部と小林少年がやって来たことは前に記した。流石の恒川警部も、物置の床下に古井戸があろうとは気づかず、ただ羊羹の歯型を手に入れ、シグマの死骸を発見したばかりで、空しく引上げて行った。

それから、深夜の一時――三谷が倭文子に約束した時間までは別段の出来事もなかった。八時頃、昼間三谷の指図で注文した大きな寝棺が届けられ、一同で斎藤老人の死骸をその中に納めた外には。

寝棺は階下の広い日本間に安置され、香華をたむけ、夜更けるまで、家族や弔問客の読経の声が絶えなかったが、十二時前後、それらの人々も或は帰り去り、或は寝につき、電燈を消した真暗な広い部屋に、ただ老人の死骸だけがとり残された。