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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
「あたし、みんないってしまいますわ。聞いて下さる。アア、いっそのこと、今からすぐ、あたしのうちへいらっしゃらない? そして、あたしの可愛い坊やを見て下さらない? それがいいわ、それがいいわ」
倭文子は、異様な昂奮に上気した頬を、流れる涙も意識しないで、フラフラと立上ると、青年の意向を確めもせず、いきなり柱の呼鈴を押した。
間もなく、二人は何が何だか分らない、気違いめいた気持で、自動車のクッションに膝を並べていた。
三谷は「そんなことで、僕の心が変るものですか」といわぬばかりに、じっと倭文子の手を握りしめていた。
二人とも一言も口を利かなかった。だが、頭の中では、錯雑した想念のアラベスクが、風車の様に廻転していた。
三十分程で、車は目的地に到着した。降り立った二人の前に、広い石畳と、御影石の門柱と、締め切った透かし模様の鉄扉と、打続くコンクリート塀があった。
門柱の表札には、案の定「畑柳」と記されていた。
通されたのは、落ついた、併し非常に贅沢な飾りつけの、広い洋風客間であった。
大きな肘掛椅子の掛け心地は悪くなかった。三谷の椅子の真向うに、深々とした長椅子があって、派手な模様の天鵞絨クッションを背に、丸い肘掛へ、グッタリと凭れかかった倭文子の、匂わしき姿があった。