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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
「アッ、唇のない男!」
恒川氏が、頓狂な声で叫んだ。
何が何だか、さっぱり分らぬ。まるで悪夢にうなされているような気持だ。警部は念の為に、懐中電燈をさしつけて、古井戸の底をのぞいて見た。唇のない怪物、畑柳庄蔵のふくれ上った死体は、ちゃんと元の場所に横わっている。
離魂病の様に、全く同じ怪物が二人現われたのだ。どちらが本物で、どちらが幽霊なのだ。
恒川氏にとって、こいつは、正しくいえば、第三番目の「唇のない男」であった。最初は、品川湾で焼け死んだ園田黒虹のかぶっていたろう製のお面、第二は今井戸の底に死んでいる畑柳庄蔵、そして、ここに第三の怪物がたたずんでいるのだ。
「すると、唇のない奴が、唇のない奴を殺したということになる訳ですが……」
彼は面食って明智の顔を見た。
「そうです。唇のない奴が、唇のない畑柳庄蔵を殺したのです。つまり、今度の事件には、二人の唇のない人物がいて、全く別の目的で、別の罪を犯していたのです。我々は今までそれを混同していた為めに、事件の真相をつかむことが出来なかったのです」
「そんなことが、こんなによく似た片輪者が、同じ事件に関係するなんて、余り馬鹿馬鹿しい偶然です」