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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
それ程にしなくてもと、反対意見も出たけれど、遂に三谷の熱心な希望が容れられ、彼が倭文子の身替りを勤めることになった。
当夜、三谷は髭のない顔に念入の化粧を施し、鬘を冠り、倭文子の着物を着て、学生芝居以来久しぶりの女装をした。
彼はこの奇妙な冒険に勇み立ち、女装そのものにも、少からぬ興味を感じているらしく見えた。自ら提案した程あって、彼の女装は、本当の女としか思われぬ程、よく出来た。
「きっと茂ちゃんを連れて帰ります。安心して待ってて下さい」
彼は出発する時、そういって倭文子を慰めたが、その時、双方とも女の姿で、顔を見合わせたのが、暫くの別れになろうとは、誰が予知し得たろう。
女装の三谷が、山下で自動車を降りて、山内を通り抜け、図書館裏の暗闇にたどりついたのは、丁度約束の十二時少し前であった。
交番もそんなに遠くはなく、桜木町の住宅街もついそこに見えているのだけれど、その一角は妙に真暗で、まるで深い森の中へでも這入った様な気持だ。
刑事達は、どこに潜伏しているのか、流石商売柄、それと知っている三谷にも、気配さえ感じられぬ。
四方に気を配りながら、暫く暗の中に立っていると、カサコソと草を踏む音がして、ボンヤリと黒く見える、大小二つの影が近づいて来た。