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ちめいのけんきゅう
地名の研究
柳田 国男
地名の話「地学雑誌 第二四年第二八六号~第二八八号」東京地学協会、1912(大正元)年10月15日、11月15日、12月15日<br>地名と地理「地理学評論 第八巻第五号~第六号」古今書院、1932(昭和7)年5月1日、6月1日<br>地名と歴史「愛知教育 第五五九号」愛知県教育会、1934(昭和9)年7月1日<br>地名考説 一~四、一九後半、三一後半「民族」民族発行所、1926(大正15)年5月~1927(昭和2)年3月<br>地名考説 五~一八、一九前半、二〇~二二、二五~二八、三一前半「歴史地理」三省堂書店、1910(明治43)年2月~1912(明治45)年8月<br>地名考説 四五~四八「土俗と伝説」文武堂書店、1918(大正7年)8月~1919(大正8)年1月<br>地名考説 五五「考古学雑誌」聚精堂、1911(明治44)年5月15日<br>地名考説 二三~二四、二九、三〇、三二~四四、四九~五四「郷土研究」郷土研究社、1913(大正2)年3月~1917(大正6)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,308 字 · 347 页
また一処ばかり海中に突き出した岬の山があるとすれば、これへ吹き付ける海風はいかなる方位でも、その反対の側面においてはその岬端に引いた切線の方向に走るから、風位が常にほぼ相似ている。有名な千葉県の九十九里の浜でいうと、北は飯岡の鼻から南は大東の崎まで、永くあの曲線に似寄った風ばかり吹いていたのである。かの地方のことは後にも言おうと思うが要するに川口の一方に曲るということ、または多くの天橋立のできる原因は、その地または近県に砂を持ち出す荒川のあることと、風位を統一するような地勢を具えた島、または海岸の山のあることである。いわゆる主風(Prevailing wind)の特質は動力としては第三に位するかと思う。越後蒲原地方の川について考えてみても、川口の北へ曲る理由は、一つには海府地方の浜には砂が乏しく、幸便の風はあってもこれに托すべき北からの荷物はないに反して、上越後の方にはいくらも砂を出す三流四流の川が多いから、砂嘴が南の方に根を持ち得るのかも知れぬ。
それから潟の発生に説及ぼしてみたいと思う。川口の砂浜がすでに必ずしもその川の搬出した物でないとすれば、もちろんさしたる川の流れて出ぬ海岸にも、右のごとき砂嘴はできるはずである。