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ちめいのけんきゅう
地名の研究
柳田 国男
地名の話「地学雑誌 第二四年第二八六号~第二八八号」東京地学協会、1912(大正元)年10月15日、11月15日、12月15日<br>地名と地理「地理学評論 第八巻第五号~第六号」古今書院、1932(昭和7)年5月1日、6月1日<br>地名と歴史「愛知教育 第五五九号」愛知県教育会、1934(昭和9)年7月1日<br>地名考説 一~四、一九後半、三一後半「民族」民族発行所、1926(大正15)年5月~1927(昭和2)年3月<br>地名考説 五~一八、一九前半、二〇~二二、二五~二八、三一前半「歴史地理」三省堂書店、1910(明治43)年2月~1912(明治45)年8月<br>地名考説 四五~四八「土俗と伝説」文武堂書店、1918(大正7年)8月~1919(大正8)年1月<br>地名考説 五五「考古学雑誌」聚精堂、1911(明治44)年5月15日<br>地名考説 二三~二四、二九、三〇、三二~四四、四九~五四「郷土研究」郷土研究社、1913(大正2)年3月~1917(大正6)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,308 字 · 347 页
一〇
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そこで最後にただ一言、近年の人文地理なるものの成長ぶりを批評してみたい。以前私などの学校にいた頃にも、こういう名の学問はあるにはあったが、それはただ統計の要約でありないしは現状の記述に止まっていた。しかるに人が一たび何ゆえにかくのごとくであるかを訝り問わんとするに及んで、学問それ自身がかなり煩悶をしたようである。大地の表面は隅から隅まで、ことごとく人類去来の足跡であり、無名の彫塑家の篦の痕であるはずだが、それがどういう順序と計劃の下に行われたかに至っては、多分の臆断を傭わざればこれを説明するに由なかったのである。そのためにせっかく事実の観測を足場とする自然科学が、ここに来ると忽然として「先生の仰せある通り」という昔風の賢人崇拝に陥る懸念があった。地名はこれに対しては一つの有力な救いの綱である。ことに日本のごとく豊富なる資料を擁し、しかも今日まで蓋を明けてもみなかった国では、この学問の未知数はまずすこぶる頼もしいものである。億を越えるかと思うこの我々の地名は、いかに微小なものでも一つ一つ、人間の意思に成らぬものはない。始めてこれを命名した者の判断と批評とがその群の大部分によって是認せられ、遵奉せられたという事実だけは立証している。