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しっちょうき

失蝶記

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页

青空文庫

と云いながら立ちあがった。

「来たのは大勢か」

「いいえ」とおすえは首を振り、二本指を出してから、ちょっと考えて自分を指さした。娘が一人と云うつもりだったが、主計にはわからない。彼は手早く着替えながら、不審そうな眼をした、「おまえがどうした」

「いいえ」とおすえは手を振り、こんどは指を三本立ててみせた。

「三人か」と主計が訊いた。

おすえは頷いた。主計は袴をはきながら、机の上の物をまとめてくれと云った。おすえは云われたとおりにし、書き物や、筆などを片づけて包み、脇にあった旅嚢へ入れた。そして、主計が刀を取るのを見て蚊屋を出、階段をおりて、そっと戸外のようすをうかがった。虫の音が聞えるだけで、風のない夏の夜気は、露を含んでひっそりと重たげに眠っていた。

――はだしでは山道は歩けない。

おすえはそう気がつき、暗い土間をさぐって草履をみつけた。主計の草鞋は板壁の釘に掛けてある。二階で行燈が消え、主計がおりて来た。おすえが草鞋をはかせようとしたが、彼は自分で取ってすばやく結いつけた。

「外は大丈夫か」

「大丈夫です」おすえは主計の手を取り、自分の顔へ当てて頷くのを触らせた、「いそぎましょう、あたしがご案内します」