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しっちょうき
失蝶記
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页
おすえはそこまで聞いて、裏の戸口からぬけ出した。
かれらは治兵衛の前に集まり、提灯をつきつけて、問答が激しく、互いに声も高くなっていた。おすえは釜戸の蔭から、土間を這って戸口までゆき、外へ出てから立ちあがった。家の中で父が「家捜しをして下さい」と云うのが聞え、おすえは闇の中を走りだした。洗い場の池をまわって、柿畑の脇から、いまは使っていない厩のうしろへ出、一段ほど高い台地を登って、かこい小屋の戸口へ近よった。春から秋までは蚕を養い、そのあとは甘露柿をかこうのに使うのだが、今年は蚕をやらないので空いていた。おすえは潜り戸をあけてはいると、泥足のまま階段を登った。
谷川主計は眠っていた。暗くしてある行燈の光りが、蚊屋の中にある小机と、薄い夜具を掛けて仰臥している彼の寝姿を、ぼんやりとうつし出していた。おすえは蚊屋をくぐり、膝ですり寄って彼を揺り起こした。主計はすぐに眼をさまし、おすえを見て起きあがった。
「お侍が来ました、逃げて下さい」
そう云ってから、おすえは急に口を手で塞ぎ、ゆっくりした身振りで、その意味を伝えた。その動作を二度やってみせると、「わかった」