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しっちょうき
失蝶記
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页
すぐ脇に石楠花の若木があり、ちょうど咲きはじめたところだったが、私はその花を見るようによそおいながら、杉永と話しているあなたの姿をぬすみ見て、云いようもなく深い心のときめきを感じました。――あなたは十四歳で、背丈こそ高いほうだが、まだほんの少女にすぎないということは、杉永と話している言葉つきにも、身振りや表情にもよくあらわれていました。色のくろい子だな、と私は思いました。あなたが笑うとき、鼻筋に皺をよせるのを認めて、狆のような顔だなと思い、いまにのっぽな娘になるぞ、などとも思いました。もちろんこれは、生れて初めて感じた心のときめきに反抗するためだったでしょう。そんなふうにあなたの欠点を拾いながら、一方ではまた、この人のことは一生忘れられなくなるぞ、とも思っていたものです。
あなたに別れて歩きだすと、私が黙っていたことを不審そうに、どうして知らぬ顔をしていたのか、と訊きました。
「知らないからさ」と私は答えました。
「紺野のかず子だよ」と彼が云いました、「おれの家で二度か三度会っているだろう」
「覚えがないな」と私は首を振りました。
本当に記憶がなかったのです。