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あくまのもんしょう
悪魔の紋章
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页
しかし、警察の旦那には白状しない訳に行きませんや」
「で、君はそれを届けたのか」
「エエ、夜になってからお届けしました。すると、婆やさんはいないと見えて、やっぱり奥さん自身で受取りに出ていらっしゃいました」
中村警部はそれを聞くと、何だかえたいの知れぬ不気味な謎にぶッつかったような気がした。一体これは何を意味するのだ。その翌日引越しをする矢先になって、十斤のパンと十個の罐詰を註文するなんて、狂気の沙汰ではないか。まさか罐詰やパンを国への土産にする奴もなかろう。それとも彼女は逮捕を恐れる余り、人里離れた山の中へ、たて籠る積りででもあったのだろうか。
美しい殺人鬼とパンと罐詰。この妙な取り合せは何となく滑稽な感じであった。だが、そのおかしさの裏には、ゾッとするような不気味なものが隠れていた。中村警部は、ふとそれに気附くと、心の底からこみ上げて来る、一種異様の戦慄を感じないではいられなかった。
その日の取調べは、この御用聞きの不思議な陳述を以て一段落を告げた。宗像博士は、終始これという意見を挟むこともなく、中村警部の活動を傍観していた。
やがて、捜査係長と民間探偵とは、刑事達と別れて、同じ自動車で帰途についた。