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あくまのもんしょう
悪魔の紋章
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页
声を出すなと云われているので、これからどうするのかと質問する訳にも行かず、林は博士の隣に坐ったまま、息を殺すようにして、真暗なあたりを見廻すばかりであった。
電車通りからは遠く、自動車も滅多に通らぬ横町なので、滅入るように静かだ。その上にこの暗闇、山奥の一軒家にでもいるような心細さである。
やがて、暗闇に目が慣れるにつれて、あたりの様子が、ほのかに見分けられるようになって来た。階下は三間ほどの狭い借家、それが荷物を運び出したまま、どの部屋も開けっぱなしになっているので、階下全体が一つの大きな暗室のような感じである。初めは白い襖がポーッと浮かび出し、それから障子、黄色い壁、床の間と段々物の形が見え始め、やがて、障子の桟が算えられる程にはっきりして来た。
そうして、十分、二十分と無言の行をつづけているうちに、林助手は喋るなと云われていても、何だか口がムズムズして、もう我慢が出来なくなった。彼は博士の耳の側へ口を持って行って、まるで蚊の鳴くような低い声で、ソッと囁いた。
「先生、僕らは一体何を待っているのですか。こんな空家の中で、こうしていたって、別に何事も起りそうもないじゃありませんか」