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あくまのもんしょう
悪魔の紋章
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页
これをお芝居とすれば、実に驚くべき名優である。
宗像博士も流石に憫れみを催したらしく、無言のまま、相手の激情の静まるのを待っていた。すると、ややあって、彼女は漸く泣きじゃくりをやめ、さも悲しげな細い声で、幽に呟くのであった。
「その人には、もう二度と逢うことが出来ないのです」
「どうしてだね」
「こんなことを申し上げても、あなたは信じて下さらないでしょうが、わたしはそれ程親しくしていた、その人の職業も住所さえも知らないのです。
名前は須藤と申していましたが、それさえ本当の名かどうか分りません。その人は、所も名も明かさないで、こうして夢のようにつき合っている方が、童話の国の交わりみたいで、面白いではないかと申すのです。
三月程前、ふと汽車の中で御一緒になったのが、最初でしたが、その人は、大変身分のある人のように感じられました。きっと奥さんも、お子さんもおありなのでしょう。でも、その人の何とも知れぬ不思議な、夢のようなお話に、いつとはなく引きつけられて、お恥しいことですけれど、わたしは小娘のように夢中になってしまったのです。
丁度四日程以前、この指を切る前の晩のことでした。