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ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上義夫『文化史上より見たる日本の数学』。同一底本的分册已合并为一书。收入:文化史上より見たる日本の数学、芸術と数学及び科学、和算の社会的・芸術的特性について、数学史の研究に就きて。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,999 字 · 192 页
従って寛文年中の頃から算額奉納の風のあったことは明らかであり、算学発達上の早い時代からのものであることが知られるのである。
岩本梧友の『勾股泝原』は安永八年(一七七九)の作であるが、この書中には算法の額を云々したということも見える。
この時代になるとかなり算額奉納の風が盛んに行われたらしい。
藤田貞資は『神壁算法』及び『続神壁算法』を作り、諸神社に奉納したる算額を集めて公刊したのである。この両書は寛政元年(一七八九)及び文化三年(一八〇六)の作であり、貞資の閲にしてその子嘉言編という名義になっているが、貞資の碑文には貞資自身の編纂といっているから、実際そうであったろうと思う。藤田貞資は初め定資の字を用い、晩年に至りて貞資と改めたのである。
この『神壁算法』の正続二篇が作られたことから見ても、藤田貞資の時代に算額奉納の風習が盛行したことが知られる。
会田安明が藤田貞資と抗争して自ら最上流の一派を立て、盛んに論争を続け、関流の向こうを張ったのは有名な話であるが、その事件の起こりは会田が藤田の門人で親交の間柄であったところの神谷定令の紹介で藤田を訪い、教えを請うたところ、会田がかつて浅草観音に奉納した算額中に不適当な個所があるから、改竄せよといわれて受け入れず、それで争いになったといわれている。