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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

02 第二分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页

青空文庫

「さらば」

と、いって直ぐ、冑の緒をしめながら表方へ走った。ぽう――と、まだ暗い暁天に、出陣の貝は鳴り出していた。

暁の闇は濃い。

雲の断れ間に、小糠星の光が、まだ鮮やかであった。

「御出陣じゃぞ」

「えッ?」

「殿の御出陣とある」

「真か?」

触れまわる表方の小者。

驚いて駈け出合う侍たち。

それも多くは、台所方の者とか納戸の役人とか、戦場の役には立たぬ留守居の老武士が多かった。

挙って、大手の土坡口まで見送りに駈け出して来たのである。それは清洲城内の男の全部といってよい頭数であったが、わずか四、五十人足らずであった。

いかに、城内も信長の身辺も、この際は手薄だったかが知れよう。

信長がこの日の馬は、月輪とよぶ南部牧の駿馬だった。若葉の風暗く、手燭の明りが明滅する大玄関の前から、信長は、螺鈿鞍をおいた駒の背にとび乗り、八文字に開かれている中門から大手の土坡口へ、鏘々と、鎧の草摺や太刀の響きをさせて駈け出して来た。

「おお」

「殿さま」

見送りにかたまっていた留守居の老若は、われを忘れて、土下座から声をあげた。

信長も、

「さらばぞ」

と、右へ云い、また、

「さらば――」