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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

02 第二分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页

青空文庫

「心得たるか」

「ささやかな御奉公。致しまするでござります」

「よしッ」

半里ほど軍馬を進めてふり向くと、熱田の町には、無数の旗や幟がひるがえっていた。――それは清洲の大軍が、熱田まで出動して、兵馬を休めてでもいるように見えた。

ひどい暑さだ。

陽が高くなると、ここ十日以上も雨のなかった大地は、ぼくぼくと馬の蹄に掘られて、その白い埃が皆、全軍の兵へかぶって行った。

後に古老の語り草にもいわれたが、この日、十九日の暑気というものは、まだ夏浅い五月ではあったが、十数年来なかったほどな暑気だったという。

山崎を越え、井戸田村の野道までかかると、

「やッ、敵ッ!」

「物見かッ」

と、突然、陣列が騒いだ。

昼顔の花が白っぽく見える野藪の蔭から、ふいに一人の破具足の男が飛び出したのである。男は、包囲されると直ぐ、槍を高く、直線にさし上げて、抵抗しない意志を示し、

「これは、甲州の名ある侍が成れ果てし浪人者で候。――織田殿に御意得とうて、わざと御馬前に参じまいった。敵方の者と過り下されな」

大音でいった。

信長は、旗本や兵の頭越しに、

「誰にてあるか」

「おお」

と、遠く見つけると、浪人は槍投げ伏せて、大地へひざまずいた。