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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
02 第二分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页
城下町の堀川添いに、彼は、これから訪れようとする人の閑雅な別業を見て立った。それは以前、小さい寺であったのを、信長の従兄弟因幡守が、別宅に造り直した家だった。
玄関に備えてある撞木をもって訪鐘をつく。取次があらわれる。誘われて通ると、名古屋因幡守は、又右衛門の早速の来訪に、斜めならぬ機げんである。よう来てくれた。ことしも戦乱の中だが、菊も栽った。後で、菊畑へ出て見てもらおう――などと隔意もないもてなしである。
だが、主筋の人なので、
「はい。はい」
と、又右衛門は、席を遠くにし、辞を低くしないわけにはゆかない。
それと、何の御用か? が、胸のどこかで、気がかりを持っている。
「又右。もそッと、寛いだがよい。敷物も取るがよい」
「はい」
「ここからも菊が眺められよう。菊を見るは、花を見るのでなく、丹精をながめるのじゃ。人に見せるは、人に誇るにあらで、歓びを分って、人の歓びを歓ぼうとするのじゃ。こういう好日の下に、菊の香を嗅ぐのも、君恩の一つであるな」
「寔に」
「よい御主君を持ったことを、われわれはこの頃、痛切に思うようになった。桶狭間の折に仰いだ信長様のおすがたは、終生、われらの眼底から消えまいと思う」