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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

02 第二分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页

青空文庫

けれど十兵衛光秀は、兄の子である。兄の下野守光綱が、自分に託して世を去った明智家の遺孤なのだ。――死なしては、亡き兄にすまない、と彼は、刻々に迫る城の運命と共に、それをのみさっきから胸に思いつめているのだった。

「……おお」

光安は、うめいて、茫然と立っていた。

水の手の水番小屋をのぞいてみると、城内の女たちや幼い者たちが刺し交えて、嵐のあとの花野のように惨たらしくもみなけなげに、朱のなかに俯伏していた。

従兄弟の弥平治光春は、

「たのむ! ……。十兵衛どの、頼むから、一先ずここは退いてくれ」

と、彼の籠手をつかみ、身をもって、彼の行くてに立ちふさがって、ここで稲葉山の寄手をうけて、斬り死しようと眦を昂げて戦っていた十兵衛を、無理無体に、焦土から引きもどして来た。

「ばかなッ。ここを退いて、どうするかッ」

十兵衛は、絶叫し続けた。

平常の寡言で沈重な彼とは――まったく別人のように、知性をかなぐり捨てた修羅武者になっていた。

「水の手まで。……ともかく水の手まで」

宥めると、振り切って、

「水の手へなど行ってどうするのかッ。もう敵は、外曲輪を破り、本丸の味方からも、裏切が出ている今――」