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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

それを一朝にと思うと残念でならぬ」

「軍目附たるおん身からして、そう負目にお考えでは困る。たとえ武田の二万七千に対して、お味方は一万に足らぬ小勢といえ、われら三河武士の骨ぶしが、甲州者にやわ劣ろうか。ひとりひとりが敵の三人に当れば足りる」

「各※(二の字点、1-2-22)に憂いはない。だが、それがしの眼で、全陣地を見るところ、殿の御本陣を中心に、鶴翼(横隊陣)の右翼にすこしも戦気がない。そこの弱点が気がかりではある」

「右翼は、援軍の織田勢の三千人か」

「左様。……察するに、佐久間、滝川などの部将たちは、信長から援けに赴いても、兵を損するな、好んで戦うなと、内々いいふくめられて来たものと思われる」

「それもあてにはすまい。殿御自身からして、にもそれにはお触れにならぬところを見ても、悲壮なお覚悟のほどが窺われる。われらも共々、殿と同じ心であればよい」

ゆうべから垂れこめている低い雲は、朝焼けして赤かった。今朝、あらためてその天地を見、またわが身というものの、露よりも脆い生命を考えたものは、忠広や数正だけではなかった。

右翼の織田軍をのぞく徳川家の全将士は、もう明らかに主将家康の決心をうつして、そのまま自己の決心としていた。