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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

田園の一悲母

甲軍の四百九人に対して、徳川方の死傷は実に千百八十人にのぼった。

意外なのは、戦意もなく上手に立ちまわっていた織田家の援軍に、思いのほか死傷が多かったことである。総勢三千のうちから二百余名という十分の一に近い死傷を出していた。要するに戦場の危険率は、誰へも平等であって、勇者にのみ危険が多いとは限らないものとみえる。

田園の一悲母

小閑を楽しむというのは、まだ閑のある人のことである。戦国に生れ、ことし三十二、しかもなお逆境の小君主、家康に閑日などはない。

「――けれど、それでもいけません」

老臣は諫めていう。

「弓も弦を懸けたままでおくと、そのまま弛んでまいります。大山へ坐るには大悠なれという通り、時には、御放心も必要でしょう。――稀には殿御自身、忙を離れて、気をお養いあそばさなければいけません。家中一般も、ほっと息をつき、領民が仰げば、何かしら安泰を感じて、国中が寛やかな心になりましょう」

家康はうなずいて、

「もっともな言だ。ひとつ鷹でも放しにまいるか」

「よかろうと存じます」

甲州の足長殿は一時退いたが、三方ヶ原以来、なお多事多端に明けた翌年の天正元年――春もまだ浅い頃だった。