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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

「下流は」

「とんと気配がわかりませぬ」

「天運、いずれに幸いするか。きょう半日がわかれ目だな」

「半日。そうかかりましょうか」

「侮れぬぞ」

家康の影は、河原の畔の林へかくれた。そこが織田軍の先鋒一番隊の――彼の手勢がヒソと鳴りをしずめていた陣だった。

そこへ入ると、もう蕭殺の気が肌に沁む。草むらに、灌木の中に、兵は銃列を布いて、身を屈している。槍隊は槍をにぎって、まだ何も見えない姉川の一水をにらんでいる。

――今日が生死の?

兵の眼は、ぎらぎらしていた。死も生も意識のない裡に、きょうの血戦がどう終るか、無言の中にみな描いている。――この空を、今夜もきっと見られると信じている顔はひとつもない。

康政をつれて、家康は、その中をガサ、ガサ、と静かに通った。鉄砲の火縄のほかに、火の気も見ない。

誰か、大きな嚔をした者がある。風邪をひいた兵が、火縄の臭気に鼻をつかれて思わず放ったのであろうが、そんな味方の中の声一つでも、

――はッ?

と、したように光る眼が辺りへうごく。

睨みつめていても何時の間にというけじめも分らぬまに、ほのかに姉川の水面が白みかけたと思うと、林の梢を透いて、一条の紅い雲が、伊吹山の肩のあたりに見出された。