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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

…藤、藤吉郎どの……おゆるしください、尾籠のていをお眼にかけて」

三河守は、懐紙で面をつつんでしまった。そして咳き入りながら泣き伏した。

君臣の情、もっともなと、藤吉郎は思いやった。まして長政の心中やお市の方の悲嘆は察しるにあまりがある。ひと一倍、涙もろい藤吉郎は、忽ち、顔じゅうを涙で汚らしくしてしまった。何度も洟をかんだり、天井をむいたりしていた。

――が、彼はここの一瞬に大事があることだけは忘れなかった。小さい愛情にひかれて使命を誤ってはならないと戒めた。涙をはらって、こう要求した。

「お待ち申すことは約束だが、際限なくこうしてはおられん。お名残の時刻を限っていただきたい。何刻まで――と」

「よろしゅうござる。……では、それがしの一存でござるが、こよい亥の刻(十時)までの御猶予をねがいたい。亥の刻ともなれば、かならず御母子の身は城外へお移し参らせまする」

藤吉郎は否めなかった。さりとて、そんな悠長な状況にないことはもちろんであった。城外にある味方の意志では、長政の返答次第で、きょうの日没前にも、小谷城の攻略はかたづけてしまおうという予定をもち、全軍、満を引いて待機している際である。