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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
04 第四分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页
「よい機」とばかり、浅井、朝倉の両軍は、即日、本領へ帰ってしまった。
ああ拙なる哉、浅井朝倉の徒。この折、四国摂州などの同心へ申し合せ、山上に越年の覚悟もて、信長を引寄せおかんには、さしもの織田勢も、後方の憂ひはあり、四囲の情況すべて利非ず、遂には、大将まで危ふからんものを、和睦にたばかられ、早々陣をひき払ひ、嬉々として故郷へいそぎ帰る。今にみよ、ふたたびその故郷をも信長に討ち取られんにと――その頃の人々、みな笑ひ合うてぞゐたりける。
当時の世評は、その始末を、物の本にも誌していた。
十二月十六日。信長の全軍も、陸路、勢多の舟橋を渡って、岐阜へひきあげた。
翌日。――藤吉郎の木下隊七百人も、唐崎の浜から兵船で、対岸横山城へさして帰還した。
「ああ、久しく便りも怠っていた。……母上へも。寧子へも」
その船中。藤吉郎は、囲いの内で、筆をとりながら、洲股の領地へ想いを馳せていた。――何とや書かん? 母へも妻へも書きたいことが多すぎる。筆を持つと、ただ想いのみ乱れてくる。
――と。すぐ近くで、部下の将が、何か兵をどなりつけたような大声がした。それと共に、さぶん――と烈しい水音が聞え、彼の膝や、懐紙にまで、飛沫がかかったので、何事かと、胴の間へ出てみた。