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にっき
日記
宮本 百合子
06 一九二〇年(大正九年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,923 字 · 46 页
十一月二十三日
自分の人生に対する感銘の或部分は異って来た。非常なる瞬間、瞬間は若し其人が価値つけなければ空から空への消滅に過ぎないのだ。時は其人の生活如何によって、有、無を生ずる。
十一月二十三日 火
二十一日から母上、父上、スエ子は小田原に行き自分は林町へ来た。今夜御帰京。
田山、徳田両氏の五十年祝宴に行く。徳田氏の印象は自分に、暖かく、じみな、凡人を感じさせた。
◎父上が自分の子の棺の寸法をとり、墓標を書かれるのを見て、主人、良人、父の、男性の取るべき忍耐の深さ、強さに心を打たれ、頭を下げずには居られなかった。
母上は悲しいのですと訴え、悲嘆し、泣いて居れば、総ての事ムは進行し、人々はなぐさめて呉れるのだ。
印象は、涙で撒る。何故女性は、男性より涙が多いのか、生活の印象をより少くほか(はあく)しないのか。
此は、女性が、生理的に男性より多くの苦痛――出産だの月経だのと云う――ものを持たなければならないので、その本能的な、或は先天的構成によって、先の苦痛の印象を忘れようとするのだろうか。瞬間は強く、然し長続きのしない印象、従って、女性は印象的で思想的ではないのではないか