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こよみ
暦
壺井 栄
「新潮」1940(昭和15)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页
重吉は桶の名人である。そういうことを早く仕事をしてもらいたいために半ばへつらいながらいわれるたびに重吉は、桶ぐらいに名人もへったくれもあるかい、と笑う。そして弟子たちにいって聞かせる。
「信用をとるには、仕事を急ぐな、榑を充分に乾かせ。それが一ばんの秘伝や奥伝じゃ。しかし持って生れた器用不器用はこれ、しかたがないがな」と。
とんことんとん、とんことん、とろろろろん、と板の上でくるくる手取りにされている樽の音、その樽の小さい口から、ふうっと大きく呼吸いっぱいを吹きこんで針の先ほどの空気洩をも調べる親方の口もとや手もと、足の構えなどを弟子たちのたくさんの目で見守られている重吉のねじ鉢巻の頭、何もしないでただそれを見ているだけの小さい弟子たちがもうそろそろ眠たくなるころ、いねはぜんざいを作ったり、芋ねりをこしらえて仕事場へ運ぶ。いつかのこと、そら豆の煎ったのを一握りずつ添えたことがあった。豆はいくらもなく、いねはざるの中を目分量で計り、大きい弟子の順に配って回った。すると三番弟子の常蔵と、そのころ後ればせに小学校を出たばかりの千吉とが豆が多いとか少いとか小声で言い合っている。