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こよみ
暦
壺井 栄
「新潮」1940(昭和15)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页
誰かが自分の枕元に坐っていた。重吉が仕事を休んで藁布団を作ってくれた。いねは自分の逼迫した生命は、もう、どう努力しようもないことを覚り、クニ子や実枝にもそれとない感謝の言葉をかけたりした。人はその死にぎわにもよくその人柄が出るという。八十五までこれといって病いもせず、どんな災難もよりつけないような福々しい見かけであったかやの、何を求めるでもなく成行にしたがって生きていたようなまっとうな生涯、朽ちて倒れる古木のような自然さで最後を閉じ、一口の饅頭も食べずにしまったあの無欲さに比べて、いねはここ半年来、刺身よりほか食欲が起らないのであった。それをすまながり、自分の気ままさとして詫びるようにいうのを、重吉は、
「人間欲しいものを食えるほどえいことがあるかいや。いねの持って生れた食いぶにじゃ、気兼がいるかいや。母者人がまんじゅが食えなんだのもぶにがなかったんじゃろ、誰も皆ぶにを果さにゃ死ねんといや」
と、三度三度生きた魚を料理して食べさせた。
「うまい」
と、腹の底からうまがって食べるいねの様子を、重吉はいいようのない淋しさで見やった。白い刺身の一切れ一切れを口をつぼめるようにして、前歯だけ残っている歯でゆっくりと、身に沁みるようにかんでいる。