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こよみ
暦
壺井 栄
「新潮」1940(昭和15)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页
たのであった。
いよいよたつというその日、重吉は赤飯をたき、尾頭のついた大きな魚を買ってきた。実枝の好きな蜜柑を目籠で背負いこんできた。クニ子と実枝はつれだって母親の墓へまいった。百カ日が過ぎたばかりのまだごたごたと賑やかな墓には、よれよれになった寒冷紗の弔旗なども風雨にさらされたまま束ねられて立っている。クニ子が花立ての花をとりかえ、水をさしている時、実枝はその弔旗の中から松江作太郎という字を見つけ、
「松江作太郎か」と大人ぽく呟いた。そして、
「姉やん、松江作太郎好きえ」と聞いた。クニ子は返事をしなかった。
「好きか、いいよんのに」
それでもクニ子は知らん顔をして、ナムアミダブ、ナムアミダブウ、とわざとのように声を上げた。
「お母さん、松江作太郎好きかいの。ようお母さん」
実枝もナムアミダブに対抗して位牌に向って腰をかがめ、大きな声で訴えた。そしてクニ子をせりのけるようにして、位牌の摘花茶碗を取上げ、茶色っぽく汚れている水垢を指先でごしごしこすった。この土地の習慣で摘花の茶碗は生前使っていたものである。朝顔型の浅い茶碗には梅の模様があった。重湯より食べられなくなっていたある時、おしまいの一口になって、ひょっとしたはずみに匙を火鉢の中へ落した実枝は、茶碗のままいねの口へ注ぎこんだ。