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こよみ

暦

壺井 栄

「新潮」1940(昭和15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页

青空文庫

つまり重吉は気に入るとそれを持ってあちこちへ出かけるのである。近所の老人夫婦が隠居所を建ててそこへ移ると、そこへ小さなお櫃を持ってゆく。ある若嫁が腹が大きくなったのを知るとそこへも出かけた。

「いんまこんなのが要ろうがいの」

おまるであった。売りに来たと思った嫁さんが、何ぼと値段を聞く。重吉は手と頭を同時にふり、

「めっそうな、うらが暇つぶしにこしらえたんじゃ、進ぜるわいの。――今日び唐津びきのもあるけんど冬は冷たいせに」

びっくりした嫁さんは、何のいわれもないのにただで貰えないという。重吉は子供のような顔になり、

「お前にやるんじゃない、腹の中のねねにやるんじゃ。また初節句にゃ団子でも食わしておくれ。お前のお祖父やんとうらとは小んまい時朋輩じゃったんじゃ。これでもお前昔ゃうらも子供じゃったせにな」

そんな風で重吉はそれが道楽のように十年、二十年、遠くは五六十年の昔の誼みをさぐりだしては手桶やすしはんぼを配った。やりたい所は次々と出てきた。時には藁を買ってきて飯櫃入れを作った。鬢も頬髯も白髪になった重吉が表に莚をひろげた上で、「文明開化」を歌いながら、不器用に見える太い指を器用に動かして作る飯櫃入れは藁に艶が増したように奇麗にでき上ってゆく。